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僕を埋め尽くす秘密
バイでリバの♂が恋愛仕事人生等に悩みながらも真面目に生きてるよ

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蝙蝠
自分の話。

小学生まで、自分は当然男だと思っていた。
漠然と未来図を想像した時に
彼女と結婚して、そのうちパパになって、
仕事しながらいつの間にかジジになってるのかな~
というような最も一般的な男の未来予想図だった。

中学生でもまだその未来予想図は消えてなかった。
これが「当たり前」だと信じ込んでいたから、
当たり前以外は存在しないと思い込んでいたから、
だからこそ、自分がおかしいのでは?と考えた。

そりゃそうだよな、付き合いたい相手が
彼女でもなければ結婚も出来ない相手で、
パパにもなれなきゃジジも無い。
仕事してること以外は全て筋が合わない。

高校生では更に自分がおかしいのでは?と考え
直したいと考え、いつしか治したいに変わった。
治す為に思いついた方法が、
良くも悪くも“男らしく振舞う”こと。
それも身近なサンプルを分析研究して徹底的に。

自分が男じゃなくなるのが、怖かったのかもしれない。
今思えば無駄な心配。
男を好きになったからって、女になるとは限らない。
少なくとも僕は女では無いという確信もある。

女が好きなら男、男が好きなら女、
ってわけじゃないんだよね。
これに気付いたのもつい最近。

僕はいつまでも男のままだ、これに気が付いて
随分楽になれた気がした。安心した。
どうして僕は男なのに、男が好きなの?なんて
疑問を考えなくなったから。
今思えば愚問だったんだろうな、僕にとって。

そして新しい疑問が生まれた。
僕は同性愛なのか両性愛なのか。
平たく言えばゲイなのかバイなのか。
さて、どっちだろう?

一時期はどうしてもバイでありたいと思ってた。
ノンケが駄目ならせめてバイで、
ゲイになったらお終いだ逃げ道が無い、
我ながらヘタレな意地と偏見。

その反面、自己紹介で「自分はゲイだ」と
言える人がとても羨ましかった。
強く輝いているように見えたし憧れた。
純粋にカッコイイなと思っていた。

自分で自分を蔑んでいるんじゃないか?と考えた。
対する相手に「別にゲイでもバイでも気にしない」
と思いながらも「自分はバイでいたい」というのは
筋が通ってないなと思った。

女を好きになれないからって、卑屈になることは無い。
いつからかそう考えるようになった。
そしていつの間にか、自分のこの意地と偏見が
本当にどうでもいいことのように思えた。

条件さえ整ってたら、自分の言葉で
「男が好きです、ゲイです」と言えるようになった。
ブログで毎日繰り返し、小出しにしてきて
慣れたせいかもしれない。

ところがある日、同じく「自分はゲイだ」と言う人に
「君はゲイじゃない」と否定されたことがあった。
少し落ち込んだ。
今まで自分が長い年月をかけて構築した理論を
木っ端微塵に吹っ飛ばされた気分だった。

相手は僕をゲイではなくバイだと言った。
その根拠は、僕が異性とセックス出来るから。
女と出来るゲイなんてゲイじゃない、ありえない。
ゲイは女と出来ないからこそゲイなんだ。
と、いうことらしい。

僕はそれまで「異性に惚れるか惚れないか」
という“精神の線”でゲイかバイかと分けていた。
ところが「異性とセックス出来るか出来ないか」
という“身体の線”で分ける人もいた。

かといって、僕自身も自分がバイだとは
どうしても思えない。
きっと自分をバイだと認識している人と
話をしても「お前はバイとは違う」と
同じように違和感を指摘される気がした。

この分け方、きっと人によって違うんだろう。
何もわざわざ自分を世間に用意された枠に
嵌めなくたっていいじゃないかと諦めた。

僕はゲイには「ゲイじゃない」と言われ
バイには「バイじゃない」と言われるような
非常に中途半端な存在なんだと思った。

よく聞かれる「ゲイですか?バイですか?」
という質問に答えるのに、今でも若干悩む。

限りなくゲイに近いバイ?
いっそのこと○イとか伏字もあり?
○の部分はお好みでどうぞ、みたいな。

どう答えるのが一番正しいのか、
どれが正解に最も近いか、それすらもわからない。
いいや、開き直っちゃえ。
どっちつかずな蝙蝠ですけど何か?

しかしそれも、今のうちだろうと思う。
僕が歳を重ねて落ち着けば、
そのうち異性とはセックス出来なくなるだろう。
今でもそれ程積極的にしたいとは思わないし。

元々かなり集中しないと出来なかったし、
少しでも雑念があったら駄目で
快楽に全神経集中させて、全力で追いかけないと
誤魔化しが効かない状態になってしまうから。
この「集中必須」が既に無理をしていた証拠。

よく考えたら、いわゆるノンケにも
同性とセックス出来る人はいるんだよね。
決して惚れることは無くてもさ。

同性とは絶対セックス出来ない純ノンケから見たら
自分と同じノンケじゃない、と思う人もいるだろう。
僕から見たら同性に惚れない時点でノンケかな~と
見えるわけだしさ。

このノンケ、バイ、ゲイの分け方も微妙だなぁ、
一体誰の為のカテゴリなんだろう?
誰の便宜を考慮しての区分法なんだろう?
どうせならバインケやゲバイも作っといてよ~
もし既にあるならもっと広まって~

僕みたいな人は世の中他にもいるだろうな、
この国だけでも人間沢山いるんだし。
別にたった1人でもいいさ、もう気にしない。
蝙蝠上等、中途半端上等。

そんな蝙蝠野郎の呟き。

テーマ:同性愛・両性愛 - ジャンル:恋愛

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【2007/01/17 22:57】 | # [ 編集]


バインケの文字に笑ってしまいました。字面が面白いですw
蝙蝠は自分の意見を持っていて、鳥類にも獣類にも左右されなかったから、どっち付かずと言われてしまったんですよ。
明確な線引きが無いのなら、自分の思う通りでよいのでは。

男性にはゲイ要素が少なからず存在する。って前に本で読んだような・・・?
【2007/01/17 23:28】 URL | cheite #- [ 編集]

ちょっと無理矢理な定義ですが
おひさしぶりです。
私も同じことを考えていた時期があります。
ある人に「バイセクシュアル」というのは、必ずしも「同性への関心:異性への関心」が5:50ではなく、どちらかに偏っているもんだと説明されたことがあり、それがきっかけで「そんなら自分はレズビアン寄りのバイセクシュアルでいいんだ」と納得しました。自分が簡単に考えたい人間だというのもありますが。
また同性愛者といえど異性と「体の関係」を持つのは可能、という方は多いと聞きます。異性と結婚生活を続けている方も他数おられます。(その関係が円満かどうかは、また別問題になるので、ここでは割愛します)
ということで、どうしてもtoyoさんがどのジャンル?に属するのか、ご自分を振り分けたい(この言い方もどうだろう)のであれば「ゲイ寄りのバイセクシュアル」でいかがでしょうか。
少しでも考えがスッキリされれば幸いです。
【2007/01/18 09:40】 URL | ゆきの #- [ 編集]

同じように…
初めまして。
僕も同じように考えていた事があります。
今では「ゲイ」と言っていますが、頑張れば女の子とHもできるはず!たぶん。
それで「バイ」か「ゲイ」かを決めるより、まず「僕」があって、その僕に「ゲイ」が付属してると考えたいです。
「バイ」だと言われても、気にしない。
僕は僕だから。みたいな。
分かりにくいコメントですみません(-_-;)
【2007/01/18 16:58】 URL | Kazu #- [ 編集]


別にどっちでもえぇやん。

大事なのは「ゲイ」か「バイ」かじゃなく、誰をどれだけ好きかだと思います。

toyoさんが自分をゲイだと思うならゲイ以外の何者でもないよ。

個人的には自発的に男とHしたいって思う人は「ゲイ」相手が男でも女でも何の戸惑いも躊躇もなく簡単にHできる人は「バイ」だと思います。

SEXは男としか無理だけど、精神的な拠り所は女の子に求める人もいますからね。

あんまり自分の事追い詰めるのよくないよ。
たまにはグレーな部分があってもえぇやん。

それとも自分を追い込んで自虐を愉しむ新たなるMプレイとか!?(笑)

toyoさんは男女両方の良さと悪さが分かるんだから、片方しか知らない人間より得してるって考えもあるよ。


【2007/01/18 18:40】 URL | 輝 #- [ 編集]


toyoさんこんばんは。

昔、性的嗜好をグラデーションにたとえた話を読んで、
明確な区切りのない真っ白と真っ黒の間のどこかに
確実に自分のポジションがあるのだと知り、
かなりすっきりしたことがありました。

今回の記事を読み、このグラデーション観とあわせて考えてみたら
ゲイやバイなどの観念を使って性的嗜好をカテゴライズするということは、
このグラデーションの上に各自の独自の判断で
適当にマルを付ける行為なのかなと思いました。
そして、こういう行為ってやっぱりあんま意味ないんじゃないかなとも思いました。
マルの範囲が狭ければ、toyoさんはゲイでもバイでもないかもしれませんが、
ちょっと解釈を変えてマルを広げれば、ゲイだとも言えるし
バイだとも言えるようになるわけですから。
そして、どう解釈してマルを付けても、いっそマルの数自体を増やしてしまっても
グラデーションの中のtoyoさんのポジションは変わらないわけですから。

こんな風に、グラデーション観はとても柔軟な考え方だと思いましたが、
割とハッキリとしたポジションにいる人からすれば、
曖昧でなんか座りの悪いものだと感じるのかもしれないとも思いました。
そういう曖昧なものを曖昧なままにしておけない人が
世の中の人間の性的嗜好を3つのマルで決めようとしたのかもしれません。
曖昧であるのにはそれなりの理由があるだけに、色々と腑に落ちませんが。
【2007/01/19 01:17】 URL | まさみ #/BxImROg [ 編集]

>匿名さん
匿名さんこんばんは。
安心してストカに戻られるには
非常に惜しいご意見だと思いました。
今後自己主張の強いストカとかどうでしょうか?

で、コメント内容の件ですが、僕は
匿名さんとは立場が違い細かい部分までは
やはり理解が及びませんが、否定する気も
起きないぐらい理路整然とした意見で
率直に「なるほど」と思いました。

セックス出来るかどうかが判断基準になる人は
僕が知った限りですと、知人の言葉を借りれば
「正統派」なゲイさんやノンケさんだと思います。
僕から見て、この正統派な人達は
標的こそ違えど、この一点においてはどちらも
似ていると思いました。
異性(同性)以外との性交はありえない。
この「ありえない」という感覚は僕にはわからず
何となく壁か溝を感じています。

僕もやれば出来るけど楽しくないと考える人です。
しかし「絶対無理」だと言い切る人も
存在することは知っています。
双方がこの感覚を互いに納得するのは可能でも、
理解するのは困難なのでは?と考えています。

食べ物の嗜好に例えたら…
最早肉体的アレルギー反応が出るような
ものでしょうか。好みを超えて。
この辺は僕も匿名さんの意見に同意です。
あくまでも推測の域を出ないのですが。

そうそう、既婚の同性愛者さんも世の中には
大勢いらっしゃるんですよね、男女問わず。
これを僕は何ら不思議なことだとは思わないのですが
この存在を「不思議」だとか「不自然」だと
捉える感覚の人もいるみたいですね。
わからない感覚だから「不思議」となるのも
仕方ないと思うのですが、それを否定するのは
やっぱり僕はおかしいと思っています。

貴重なサンプルを提示して戴き、大変興味深かったです。
【2007/01/19 18:53】 URL | toyo #- [ 編集]

>cheiteさん
cheiteさんこんばんは。
僕個人としてはバインケよりはゲバイの方が、
いや、○イの方が実は好みだったりします。
ゲバイってほら、なんかお金持ちな国っぽくて
ブルジョワな匂いがしませんか?
だから何だって話なんですけども。

蝙蝠は自分の意見を持っていたから
双方から疎外されたんですか?
ほほ~その辺の細かい話、僕は知りませんでした。

男性には少なからずゲイ要素が存在する、と
僕もどこかで読んだ気がしますが
正直あまりよくわかりませんでした。
僕以外の男性のことはわからないので。

しかし男の場合、同性同士である程度
好意的な感情を抱くようにならないと
親しくなれず、個人間の争いや戦争が
絶えなくなるような気がします。
生物として考えると、雄同士って雌を奪い合う
敵って位置付けだと思うので。
人間がこんなことしてたら人間社会なんて営めず
結果人間の生活も繁栄も叶わないと思います。
人間は人間の為に、雄同士が争わないように
仲良く出来るように好きになれるのかな?みたいな。
その極端な例で好きになりすぎちゃったのかな?と
考えたこともありました。
【2007/01/19 18:54】 URL | toyo #- [ 編集]

>ゆきのさん
ゆきのさんこんばんは。
申し訳ありません、大変失礼ですが、
>「同性への関心:異性への関心」が5:50ではなく
の件で「5時50分?」と素で考えてしまいました。
フィフティ・フィフティ、だとすぐ気付き
自分の単純さに笑ってしまいました。

同性愛者でも異性と関係を持てるって部分は
僕も自分を考えて理解出来ます。
決して無理では無いと思います、確かに。
そしてそれが不自然だとも思いません。
かといって、異性(同性)としか関係を
築けない人が不自然だとも思えません。

僕が不自然だと考えるのは、
両方関係を築ける人が片方しか無理な人を
「不自然」だと判断したり、
またその逆の立場で「不自然」だと判断する。
この判断する行為が僕はおかしいと思っています。
自分がわからない感覚だからって否定するのは
おこがましい驕り、早合点だと思うのです。

今は敢えて自分を振り分けるなら「ゲイ寄りのバイ」
かな?と考えが纏まっています。
そういえばゆきのさんもご自分でそう自己紹介
されていますよね。何か色違いのお揃いみたい。
【2007/01/19 18:54】 URL | toyo #- [ 編集]

>kazuさん
Kazuさん初めましてこんばんは。
僕も今では比較的「ゲイ」と称していますが
>頑張れば女の子とHもできるはず!たぶん。
という意識があるだけで成功の可能性は
かなり高まると思います。別に出来なくても
問題無いとも思うのですが…
ただ選択肢が減るってだけで。
僕も今はそんなに気にしてません。
【2007/01/19 18:55】 URL | toyo #- [ 編集]

>輝さん
輝さんこんばんは。
>自分をゲイだと思うならゲイ以外の何者でもない
なるほどな、と思いました。
実は他人の判断基準なんて考慮するまでも
ないぐらいの、その程度のものとして
扱っても間違いでは無いのかな?みたいな。
輝さんは「自発的」や「戸惑いなく」等で
どちらかと言えば“感情”を基準に判断
されてるのでしょうか。
その線でいけば、僕はゲイですね~

今回の記事は過去に考えていたことの
纏めのようなもので、今は殆ど気には
なっておりません。ビバ・灰色☆

因みに男女両方の良し悪しについては、
どうも自分が中間にいるような気分にあるせいか
その中間視点で両方を比較観察して
「面白いな~」「不思議だな~」と
楽しむ癖がついてしまいました。
【2007/01/19 18:55】 URL | toyo #- [ 編集]

>まさみさん
まさみさんこんばんは。
グラデーションですか、それは初めから
境界線が無い、という考え方ですか?
僕も「境界線」を見極めること自体が
既に無意味なんじゃないか?と思ったので
なるほどなぁと思いました。
それもグラデーションだってきちっと
2色の濃淡が順になっているとも限らず
3色、4色だったり、濃淡の順もばらつきが
あってもおかしくないな、と考えたり。
この辺でまさみさんの「マルを増やす」という
表現に近しいものを感じました。

で、僕も曖昧や柔軟な思考を好み
出来れば尊重したい人なのですが、
原色、単一色を好む人々からは
批判的な目を向けられる理由も頭ではわかります。
そういう人々の思考を自分の中に
一度置いてみて、改めて自分のポジションを
眺めて見ると確かに「ハッキリしねぇな」と
違和感を覚えるだろうと想像出来ました。
【2007/01/19 18:56】 URL | toyo #- [ 編集]

まさか
こんばんわ。久しぶりに覗いて見ました。

途中から、うっまさか僕のことか?と思って見てました。確かに女性とセックスできるなんてゲイじゃないってコメントした記憶がありますし。
変なこと言って、toyo君のセクシャリティを混乱させたようならごめんなさい。

でもね、ゲイの僕からすると、やっぱり女性とセックスする自分をどうしても想像できない。
好きな男のことを考えながらすれば可能かもしれないけど、そんなことしても苦痛なだけだし。
女性の裸には全く性的好奇心をそそられない。
というかむしろ、発達した胸とか、何も無い局所とか、脂肪に包まれた体のラインとかあまり見たくないというか・・・。
だから安易にもバイじゃないかと言ってしまいました。
他人のセクシャリティは、自分の価値観で勝手にカテゴライズしていいもんじゃないですよね。


ここから先は余談。
女が好きじゃなくたって卑屈にならなくてもいい、って言うのは全く以って正論。でもやっぱり、日常生活で卑屈になるときがある。
僕は実生活ではクローゼット(カミングアウトしてないゲイのこと)なので、どうしても周りに合わせなくちゃならない。
やっぱりそういう時って、自分が同性愛者って知ったらこの人たちはどう反応するのかって考えてしまう。
カミングアウトするかどうかは自分の問題で、カミングアウトした後は相手の問題、という格言もあるけど、やっぱりカミングアウトする気にはなれないです。
【2007/01/24 23:44】 URL | 3h #SFo5/nok [ 編集]

>3hさん
3hさんこんばんは。
この記事を書く中で3hさんのコメントを
思い出したことはありませんでした。
ハッキリ言えば「言われたっけ?」みたいな。
何故忘れたかと言うと、色んな人に同じことを
言われたことが何度もあったからです。
誰に言われたかなんて覚えてられないくらい。
見方を変えれば3hさんと同じような考えの人が
世の中、ゲイの中に沢山いるということかと。

で、僕も言われ慣れたせいか
そう考える人、言う人の考えも
頭では理解出来るようになったと思います。
どうしても僕みたいな奴をわからない、
理解出来ないんだろうな~とか。
だから大雑把に分けてゲイには少なくとも
決定的に違う2種類のパターンが
あるのかな?と考えてます。

男が好きだからって「仲間」ってわけじゃ
ないからな、と考えたらどうでも良くなりました。
今じゃ「ゲイじゃないよ」と言われても
何とも思いませんが、正直な本音を言えば…
わざわざいらぬ区別をしない人の方が尊敬出来ます。
ぶっちゃけ他人に否定される筋合い無いですからね、
他人にバイだと認定される筋合いも無い。
だから僕も相手の性癖に口を出すのは控えようと
思いました。僕も相手から見たら他人ですから。

卑屈になる必要は無い、と結論を出しながらも
日常で卑屈な心を忘れられない瞬間は
僕もあります。卑屈を感じてしまいます。
告白した後の周囲の目、対応、偏見による誤解、
偏見による理不尽な嫌悪、全部気になります。
周囲に告白する気も、今後その予定もありません。

「諦め」と言えば聞こえは悪いけど、
「悟り」なら悪くないかも?と思ってます。
自分にとって必要だから、自分を隠し誤魔化す。
社会なんて窮屈で当たり前!みたいな。
と、たまに自分に言い聞かせてもなかなか
心が言うこと聞いてくれない時もあったり。
【2007/01/25 18:39】 URL | toyo #- [ 編集]

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