僕を埋め尽くす秘密
バイでリバの♂が恋愛仕事人生等に悩みながらも真面目に生きてるよ

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母親
新年一発目の記事、僕の母親のこと。

僕の母親は、少し変わった人だった。
たった一人の我が子にまるで関心が無い。
夫のことが何よりも大事で、常に最優先させていた。
愛情の全ては夫に注がれ、次に夫を愛する自分に向けられ
夫婦仲は円満そのものだった。今も現在進行形だ。
親からの悲惨な虐待こそ無かったものの、
僕はあまり“親”という人間を知らずに育った。

母は愛する人の子だからと僕を産む決意はしたが
育てる気はあまり無かったようだ。
僕は幼い頃から祖父母の元に預けられ
父と母は思う存分自分の仕事に勤しんでいた。
父と母の休みが重なった日だけ、僕は親と接する時間があった。
母は一人では子供の相手をする自信が無かったらしい。
両親の会話を聞いていると、まるで父親が2人いるようだった。
いや、父親と言うより働き盛りの男が2人という感じか。

僕は小学校に上がる前まで、親の住む家と祖父母の家を
往復する生活が続いたため、幼稚園には通わなかった。
最初の小学校は祖父母の家の近くだったが
入学して間もなく祖父が他界してしまった。
それから祖母と共に父母の住む家に越してきた。
実質祖母と僕の2人暮らしだった。

そして小学3年の頃、祖母が入院しそのまま他界し
幼少の僕を知る人はいなくなった。
父も母も多忙な人で、この頃から僕は自炊を覚えた。
特に父は転勤や長期出張の多い仕事で、母は自分の休日には
僕を残して父の転勤先や出張先へと走った。

母のお陰で僕は孤独に慣れていた。辛さも淋しさも感じなかった。
小学校3年の頃クラス内で虐めが流行っていた。
僕は無口で誰とも仲良くなかったが、勉強が人より出来たから
標的にされることは無かった。完全な一傍観者。
逆に関らなかったのが、標的を外れた理由かもしれない。
この頃は何もかもが面倒だった。
人間というものに嫌気が差していた。大人も子供も。

家でも学校でも独りで過ごすことが多かったから
ゲームや本や映画に自然と趣向が向いた。
恐らくこのぐらいの時期だったと思う。
僕は自分の中に理想の母親像を描くようになった。
嫌いな人間達が作ったフィクションの世界の中から
ヒントを得て作った理想像。

世間の良い母親とはどれも同じようなものだった。
真っ直ぐに子供と向き合い、子供の為なら苦労も厭わない
何よりも我が子を最優先させる。
きっとこれが模範的で、且つ一般的な母親なんだと学習した。
うちとは随分違うな、と違いを認識するだけで終わった。
比較して悲観しても仕方無い、と子供ながらに理解していた。
元々他人には何も期待していなかった。親でも所詮は他人だ。
期待するだけ無駄、期待なんかしちゃいけない。
そう理解していた。

小学校5年の冬、父の転勤が終わり
郊外にマンションを購入した。つまり今の僕の住処。
3度目の引越しは簡単に済んだ。
それまでのクラスメイトの顔も名前もよく憶えていない。
辛うじて教師の苗字は今でもわかるけど、顔と下の名前は
わからない。きっと相手もそうだろう。

父の多忙は相変わらずだし、母の多忙も相変わらずだ。
それでも夫婦仲は最優先されていたため、
家には誰もいなくても2人は円満だった。
僕の母は一途な人だ。一途過ぎて周りが見えない。
ただそれだけだ。僕が知ってる母はそれしかない。

君のいる学校に転校してきて6年に進級した頃、
母が気まぐれを起こして授業参観に赴いた。
君のお母さんから「トヨ君のママ綺麗ね」と賞賛を貰った。
僕はこの時初めて見た君のお母さんの方が羨ましかった。
子供と話す姿勢や態度、言葉、眼差し、
全てが僕の理想の母親像だったから。

君のお母さんは、君にとてもよく似ている。
並んでいるともろに遺伝子の繋がりを感じる。
僕の母は確かに息子の僕から見ても、実年齢より若く
女としても見れたものだと思う。
それも全て最愛の人に愛されるためだ。僕には関係無い。

そして誰もが僕と母を見て「似てる」と言う。
僕も確かに母親似だ。
昔祖母に聞いた話では、母は何処かの国のハーフらしい。
僕の顔もその側面を色濃く受け継いでいる。
でも何処の国なのかは知らない。母に聞くのも億劫だった。

今でも母は僕にあまり関心を持たない。
この国で生きていける環境さえ整えておけば
子供は勝手に育つと思っているらしい。
その通り、育つことは充分に可能だ。
親を恨む気持ちは全く無い。それなりに感謝もしている。
ただ、僕も親に関心が無い。
家族って何だろう。

テーマ:同性愛・両性愛 - ジャンル:恋愛

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コメント閲覧
はじめまして。
以前から読ませていただいていました。
やっと、コメントできてうれしいですw
トヨさんは、最愛の人に一途なところが母親にそっくりですよね。今回の記事読んでそぅ思いました。なかなかできることでもないので、うらやましいと思います。子供は大切にして欲しいですけどね…。
受験がんばってください。いつも読んでいます。
【2006/01/03 14:28】 URL | ゆーり #- [ 編集]


初めましてゆーりさん。コメント戴いて恐縮です、ありがとうございます。
今まで引き篭もりブログ運営しまくりだったので、コメントとかしたいと思って下さる方がいるとは露ほども想像出来ませんでした。
一途な所。そうですね、似てますね。自分では嫌ですけど、母の行動を見ると自分でも同じことをするだろうと予想出来てしまうくらい似てます。
好きな人が出来れば誰でも簡単に、寧ろ自然に出来るものだと思っていたのですが、人によってはそれすら儘ならない方もいらっしゃるのでしょうか、勉強になります。
僕は人を知らなさすぎますね…
受験は、はい。適度に頑張らさせて戴きます。
コメント本当に感謝です、応援の言葉、ありがとうございます。いつも読まれてると思うと少し恥ずかしいですけど…
【2006/01/04 02:42】 URL | toyo #- [ 編集]

何と声を掛ければいいんだろう。
 私は未だに子供には恵まれていないけれど、分かった振りをして子を持つ友達によく言うセリフは夫婦仲さえ良ければ子供は大丈夫、と。いがみ合う家庭での子供は可哀想、旦那さんの悪口は子供の前では言わないでと。でもそれは夫より子供優先だと信じた上での言葉。ごめんなさいと、この記事を読んだ時何度も繰り返しました。その年齢での達観しているとも感じられる言葉に胸が痛くて。
 学生時代児童心理学か何かの講義で「産んだからといって母親にはならない。」と学んだけれど私は女は全て我が子を慈しむものだと思っていたから、よく児童虐待なんかのニュースを耳にする度に、どうしてウチの子供に生まれてくれなかったんだろうかと、涙が止まらない。実際に母にはなっていないから奇麗事が言えるのかもしれないけれど。それでもきっとtoyoさんのお母さんもtoyoさんや私が思っているのとは違うけど、子供に対する気持ちはあるのではないかと思いたいです。
 息子と母親、娘と母親では違うだろうけど、私には母の愛情が重荷で重荷で一生母の束縛から逃れられないんじゃかと諦めていました。あぁ、生い立ちを話す場面ではありませんね。脱線する所でした。家族って何でしょうね。私にも答えは見つからない。これからも見つかりそうに無い。そういう自分が寂しいです。
 toyoさんの理想の家族がタクさんの家族にあるのかもしれませんね。
【2006/06/06 18:25】 URL | 晴麟 #- [ 編集]

>鈴虫さん
晴麟さん、もとい鈴虫さんこんばんは。
夫婦仲が悪くないのは一番大事なことだと
思いますよ。うちでももし、このケースまで
当て嵌まってたら救いようが無い状態だなと。
それに普通は夫より子供優先の人の方が
圧倒的に多いと思いますので、そのアドバイスは
間違って無いと思います。
寧ろ僕はちょいレアなケースなのではと。

達観…してないっすよ?全然。
ただちょっと人より諦めが早いような気がします。
ある意味聞き分けがいい、とも言えるかと。
物心ついた時から無視され続けるとね、
もうどうでも良くなりますよほんとに。
足掻くだけ無駄だなと、妥協を悟るだけです。
なので達観とかそんなカッコいいもんじゃないんです。
幸福を知らないから端から諦めてるだけなので、
ここを乗り越えるともう、何でもよくなってしまう。
環境に適応しただけですね、人間の適応能力も侮れません。
でも僕から見たら、重くても愛情あるのが
羨ましいですね。きっとこれは重さを知らないから
こんなことが言えるんだと思います。
【2006/06/06 23:42】 URL | toyo #- [ 編集]

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