僕を埋め尽くす秘密
バイでリバの♂が恋愛仕事人生等に悩みながらも真面目に生きてるよ

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三国
三国のススメ。

こんばんは、toyoです。
初めましての方は初めましてこんばんは。
今宵も三国演義と呼ばれる物語を主軸に
時折正史も織り交ぜながら三国志を語ります。

今日のテーマは三国史上最も不本意な裏切りキャラ
「魏延(ギエン)さん」のお話です。

魏延さん、字は文長さん。
彼は劉備率いる蜀の武将として生涯を終えましたが
その前は劉備軍の敵の配下将で、前主君に見切りをつけ
主君を裏切り劉備に降伏し配下になった、と言うのは
実は演義の話でフィクションです。

実際はどこから来た人なのか何者だったのか、
劉備との出会いも縁も記録には残ってません。
ギリギリ出身地が義陽郡だったということと、
仲間に身分が低いことを罵倒された記録があるだけ。

演義では三国後編には欠かせないキャラです。
後編の主役とも言える天才軍師、諸葛孔明と
真っ向から対立し、孔明延命のおまじないを
うっかりで妨害し孔明の寿命を尽きさせて尚
孔明死後、戦場から撤退する蜀軍に反旗を翻す。

ハッキリ言って悪役キャラです。
しかし正史は違います、本当の魏延は違います。
本当の魏延は裏切り者ではありません、
寧ろ最後まで蜀を想い憂い戦った忠義の士でした。
だから「不本意な裏切りキャラ」なんです。

演義の孔明は魏延に初めて会った時から
「彼は反骨の相が出てます、今の内に殺しましょう」
と劉備に進言してます。
劉備は「いや、それはちょっと」と拒否します。

反骨の相とは簡単に言うと
「こいつ裏切る顔してますよ」です。
人を斬る理由にしてはちょっとどうかと思います。
因みに正史の記録にはこの逸話はありません。

正史の魏延は君主劉備に対して絶対の忠誠を誓っていました。
劉備を裏切ったこともなく、蜀も裏切ったことはない。
寧ろ君主や国の為、常に最前線で武勲を挙げ
蜀に貢献しまくってます。
魏延の君主は後にも先にも劉備一筋、ただ一人でした。

劉備も魏延の忠誠心を信頼していたので
重要な戦も任せました、何より魏延は強かったのです。
関羽や張飛や馬超程の腕ではなかったかもしれませんが
慢性人手不足の蜀では大変貴重な戦力でした。

しかし劉備の死後、魏延の運命は変わります。
魏延にとって忠誠を誓う君主は劉備以外にありえない。
しかし劉備の死後、蜀国と劉備の野望は
軍師孔明と幼帝劉禅に託されます。

この頃既に関羽と張飛は劉備と共に
あの世の人となっており、ますます人手不足に陥る蜀軍勢。
劉備の息子劉禅は殆ど戦には関わらなかったので
孔明と共に劉備の野望を実現させようと
魏延はその腕を奮います。

が、しかしこれがまずかった。
魏延と孔明はどうも馬も反りも合わない者同士で
戦が続くにつれ確執が深まってしまいます。

目指す方向は同じ「打倒魏!打倒曹氏!蜀から漢再興!」
なのに考え方や方針が合わず作戦会議の度に衝突します。
現代の企業でもありえる話ですよね、
前上司とは相性良かったのに新上司とは、みたいな。

演義の孔明は天才軍師として蜀建国前から
その神懸り的な采配力を披露しますが
実際は劉備が死ぬまで戦にはノータッチでした。
てかぶっちゃけ孔明は戦上手じゃありません。

それに比べ魏延は歴戦を生き抜き武勲も稼いだ
百戦錬磨の猛将、頭の良さは孔明の方が上でも
魏延だって決して馬鹿じゃなかった、寧ろ
勇猛果敢で経験豊富で有能な武将だったんです。

その証拠に劉備は生前、魏との戦いにおいて
重要な場所の守りを魏延に一任したことがあります。
当時の人々の間では「張飛あたりが任されるのでは?」
なんて噂があったぐらいの戦略上要となる場所の守備。
今で言うサプライズ人事ってやつです。

それくらい劉備は魏延の能力を買っていたけど
孔明はそうじゃなかった、とりあえず相性は最悪だった。
しかし孔明も馬鹿じゃないので魏延の戦力だけは
高く評価し重要な戦には必ず出陣させてます。

「強いんだけど相性悪くて扱いにくい、しかし今の蜀は
 人材不足で魏延ぐらいしか魏軍の相手を任せられる
 将がいない、だから仕方なく使ってる。」

上司である孔明にとって魏延はそんな武将だったようです。
相性悪いと言っても考え方が合わないだけなんですけどね、
魏の曹操と荀(ジュンイク)あたりも似たようなもので
荀は才能こそ高く評価されながらも後にお払い箱にされます。
いくら才能があっても上司と合わないが故の悲劇。

そんな魏延が何故不本意な裏切り者となったのか?
事件は孔明が戦場で死んでから起こります。
戦場では孔明率いる蜀軍と仲達率いる魏軍との戦い、
三国史上屈指の大戦、五丈原(ゴジョウゲン)の戦いです。

孔明は死の直前までに蜀の兵や民や国を考えて
「自分が死んだ後も劉備の夢を潰やさぬように」と
己の知識と経験と意思を詰め込んだ幾つもの書を
部下や国に残します。

書の内容を簡単に言うと
「今後の人事はこれでヨロシク」
「撤退する時こういう風に行けば安全だよ」
「蜀は任せましたよ、しっかりやってね」的なもの。

自分の後継者にと選んだ姜維(キョウイ)には
特別に戦術や政治の極意を記した書物を授けてます。
勿論魏延には残してません。
しかしこの書の中に魏延に関する記述がありました。

演義では
「あいつは俺が死んだら裏切るだろうから、
 その時は撤退しながらこうして倒せ」
的な内容になってます。

正史では
「魏延には敵の退路を断たせる指示を出してね、
 でもあいつ多分命令聞かないと思うんだよね、
 だからもし命令無視したら見捨てておっけい。」
的な内容です。かなり違うでしょ?

そして結果、魏延は孔明の予言通り撤退命令を無視します。
しかしこれは裏切ったわけではなく
「孔明がいなくなっても俺が魏を倒してやる!」
という蜀国や君主劉備に対する愛国心からの命令無視です。

蜀に刃を向けたわけでなく、あくまで
敵国魏に刃を向けた命令無視なので
裏切り者とは言い難いわけです。
命令無視=裏切りとは限りません。

国と君主の悲願を想うが故に、撤退という選択肢は
魏延の中ではありえなかったわけです。
撤退を選んだ孔明や孔明の意思を尊重した部下達もまた
国や君主を想っていなかったわけではなく、
ただ想いを形にする行動が違っただけの結果。

そして蜀軍は魏延軍以外、皆が孔明の遺言通りに
魏延を無視して見捨てる撤退を始めます。
元々蜀軍は魏軍に比べ兵力も乏しく過酷な
遥々遠征だったという不利な状況だったので、
この撤退は戦術的に正しい作戦でした。

これに「オイちょっと待てよ!」とブチ切れた魏延は
撤退する蜀軍よりも先回りして、撤退路である
橋や山道を壊しまくり味方の逃げ道を塞ぎます。
要するに「まだやれるんだから逃げるな!」てことです。

これが撤退を決めた他蜀軍から「謀反だ!」と判断され
魏延はあっという間に蜀の敵と見なされます。
決して国も君主も裏切ったつもりはないのに、
味方の方針に異を唱えたことで謀反だ叛乱だとされた魏延。
やってることはぶっちゃけ裏切り以外の何物でも無いですが。

この撤退妨害戦の最中で魏延は味方に捕らえられ
一族ごと処刑されてしまいます。
少数派だったが為に異を唱え同志に謀反人と処刑された、
忠誠心愛国心溢れる悲劇の猛将、魏延。

現代の日本政治にも似たような人がいませんか?
小泉政権下で同志でありながら郵政民営化に異を唱え
未だに造反議員として同志から再合流を拒否される人達。

目指す場所も志も同じはずなのに
やり方が違う、考えが違う、結論が違うということで
同志と認められず叛乱だ謀反だ造反だと見なされる。
裏切りってどこからどこまでがそうなんですかねぇ?

僕はこのニュースを見る時いつも魏延を思い出します。

テーマ:過去を振り返る - ジャンル:恋愛

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